今年初めてタマムシを見ました!(2016/6/24)
毎年2,3回遭遇します。
めっきり少なくなってしまったので、会う度に“よくぞ生き延びてくれている”と嬉しくなります。
タマムシのきれいな鞘翅は、死んでも色が変わらないので、法隆寺宝物「玉虫厨子」の装飾として使われているのは有名です。タマムシ タマムシ

圃場と隣接して流れている小貝川にわずかに河畔林が残っていて、クヌギやエノキの大木が生えているので、そこを生活拠点にしているのだと思います。
小貝川の河畔林 小貝川の河畔林(エノキとクヌギ)・小貝川の河畔林(左写真)と自生しているエノキの大樹とクヌギ(右写真)

タマムシの成虫はニレ科の植物の葉を食べ、特にエノキの葉が大好物です。(他にケヤキの葉も食べます)
エノキ・エノキの葉

タマムシは、伐採木や伐採直後の切り株、半枯れの部分に産卵し、幼虫は枯れ木の材を餌にして生活します。(枯れてから年月の経った木、朽木には産卵しません)
産卵する樹種は、エノキやケヤキの他に、シラカシやコナラ、クヌギ、ニセアカシアなどの広葉樹です。

私が子供の頃(40年以上前)はよく見掛けたのですが、今ではすっかりいなくなってしまいました。
ちゃんとした調査データに基づいている訳ではないのですが、エノキは大樹になるので維持できずに伐採されて減少し、そのことがタマムシ激減の大きな要因の一つになっているような気がします。(伐採木が放置されることがないことも大きな要因:産卵対象の減少)
エノキは旧街道沿いの一里塚に植えられていることがよく知られていますが、稀に公園樹として古い公園に植栽されているのを見掛けますが、他では滅多に見ることはありません。
エノキを意識している人もほとんどいないのではないでしょうか。
エノキは現代人にとっては利用価値も少なく、関わりもほとんどないようですが、かつて弥生時代にはその果実は重要な食料だったようですし、タマムシの他、日本の国蝶のオオムラサキやゴマダラチョウなどの食草で、生物の多様性維持のためには無くてはならない樹木です。

エノキについて、「週間 朝日百科 植物の世界」(朝日新聞社)にとても興味深い記述がありますので、そのまま掲載させていただきます。
是非ご一読を!

【エノキ(Celtis sinensis)】

エノキは日本では古くから神霊が宿る木として考えられ、また寺社の境内や人里に多く植えられてきたせいか、各地にさまざまな言い伝えや民話がある。
エノキは「吉の木」と書いて縁起のよい木とされることもあるが、逆に「縁切木」と書いて不吉な木とされることもある。

旧街道沿いの一里塚には、エノキが植えられていることがよく知られている。
これは一里塚が築かれるようになった安土桃山時代以降に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の誰かが、当初植えたマツが枯れたのを見て、「余(よ、ほか)の木を植えよ」といったのを家臣が聞きまちがえてエノキを植えてしまったからだというが、真偽はわからない。
エノキが、村の境にあって災厄を追い払う道祖神の神木ともなっていることから、一里塚の木の選定はこれに由来するともいわれる。
いずれにしてもエノキは大木になって遠くからでもよく見え、夏に葉を茂らせて緑陰をつくるので、結果的には最適な木が選ばれたといえるだろう。

果実は核果で、秋に熟し、赤褐色で甘く、小鳥が好んで食べるほか、登呂遺跡や唐古遺跡でこの種子が見つかっていることから、弥生時代にはこの果実は重要な食料だったようである。

エノキは大木になるので、広い場所が必要ですが、品種にシダレエノキ(Celtis sinensis‘Pendula’)があって、これは広いスペースを必要としません。
昆虫類の食草維持のためにエノキを確保したい場合、シダレエノキを活用するのも一つの方法だと思います。(委託繁殖、承ります!)